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No.782026.01.28

墨東錦 — 水中に描かれる「墨客の情熱」、移ろう影の美学。

華やかなキャリコ模様の中に、深淵を思わせる墨色が混じり合う「墨東錦」。その姿は、まるで熟練の絵師が真っ白な和紙の上に、一気呵成に筆を走らせた一瞬の芸術のようです。鮮やかな赤や青を、重厚な黒が引き締めるその色彩設計には、江戸の粋と、静寂を重んじる日本人の美意識が凝縮されています。Juane * です。こんにちは。

今日は、色と影が織りなすドラマ、墨東錦の「深遠なる調和」についてお話しします。

「墨色の滲み」が描く、余白の物語

墨東錦の最大の魅力は、体表に広がる「墨」の表現です。単なる黒ではなく、水の中で淡く滲み、重なり合うその色は、観る者の想像力を掻き立てます。 すべてをはっきりと見せるのではなく、影を作ることで光を際立たせる。この「引き立て役としての黒」は、私たちの人生にも通じるものがあります。悲しみや苦しみという影があるからこそ、喜びという光がより鮮やかに輝く。墨東錦は、その影さえも一つの美として愛でる豊かさを教えてくれます。

「東の品格」を継承する、確かな輪郭

東錦(オランダ獅子頭のキャリコ型)の流れを汲む墨東錦は、豊かに発達する頭部の肉瘤と、流麗な鰭(ひれ)を持っています。その堂々たる体躯は、まさに「東の王者」の系譜。 複雑な色彩を纏いながらも、その輪郭が決して崩れないのは、内側に強い芯が通っているからです。多様な価値観が混ざり合う現代において、自分という軸を失わずに、周囲と調和しながら個性を放つ。その凛とした佇まいは、表現者として、そして一人の人間として、私たちが目指すべき姿の一つかもしれません。

「移ろう季節」を閉じ込めた、水中の万華鏡

墨東錦を眺めていると、刻一刻と変化する夕暮れ時の空や、深い森の木漏れ日を思い出します。泳ぐたびに、赤、青、白、そして墨色が混じり合い、二度と同じ形を作らない万華鏡のような景色が広がります。 「形あるものは常に移ろう」。その無常観を受け入れ、今この瞬間の美しさを全力で享受すること。墨東錦がひらりと尾を振るたびに、水の中には新しい物語が書き込まれていきます。

墨東錦を眺めていると、心の奥底にある静かな情熱が、じわりと熱を帯びてくるのを感じます。派手なだけではない、影があるからこその深み。私たちは、この「奥行きのある美しさ」を、これからも丁寧に言葉にして届けていきたい。墨色の宇宙を泳ぐ、一筋の光のように。墨東錦という名の「生きた芸術」に、深い敬意と愛を込めて。

【参考資料】

品種の由来 : 墨東錦は、東京都墨田区(墨東地区)周辺の愛好家によって、東錦の中から特に「墨(黒)」の表現が強く、美しい個体を選別・固定化して誕生したと言われています。江戸の文化が息づく地で育まれた、歴史の重みを感じさせる品種です。

造形的特徴 : オランダ獅子頭の体型をベースに、キャリコ(赤・青・白・黒)の色彩を持ちますが、特に「浅葱色(あさぎいろ:青みがかったグレー)」と「墨黒」のコントラストが重要視されます。墨が飛び散ったような「鹿の子模様」や、頭部にまで墨が乗る姿が理想とされます。

鑑賞の視点 : 墨東錦の美しさは、その「渋さ」にあります。派手な赤が少なく、黒と青が主役となる個体は、非常に玄人好みであり、水槽という空間を落ち着いた、格式高いものへと変える力を持っています。