← Juane's Note一覧に戻る
No.1142026.02.09

宋代の宮廷で金魚はどう飼われていたのか?皇帝と貴族の観賞魚

# 宋代の宮廷で金魚はどう飼われていたのか?皇帝と貴族の観賞魚

前回、宋の時代の社会背景を見てきました。経済的繁栄、都市文化、芸術の洗練...金魚が生まれるための舞台は整っていました。

では、実際に赤いフナを最初に飼い始めたのは誰だったんでしょう?

それは、皇帝と貴族たちでした。

今回は、宮廷での金魚飼育の様子を覗いてみましょう。

放生池から宮廷の池へ

最初は寺院の放生池で

前回お話ししたように、赤いフナが最初に保護されたのは、おそらく寺院の放生池でした。

仏教の「不殺生」の教えから、生き物を保護する場所。天敵がいない安全な環境で、赤いフナは生き延びることができました。

放生池での発見:

- 参拝に来た人々が珍しい赤い魚に気づく

- 「なんて美しい!」という感動

- 寺の僧侶も大切に見守る

この噂が広まって、やがて貴族や皇帝の耳にも届いたんでしょうね。

宮廷への持ち込み

宋の皇帝や貴族は、美しいもの、珍しいものを集めることに熱心でした。

珍しい植物、珍しい石、珍しい書画...そして、珍しい魚。

宮廷への献上:

- 地方の役人が珍しい赤い魚を発見

- 皇帝への献上品として持ち帰る

- あるいは貴族が自ら入手

- 宮廷の池で飼育が始まる

こうして、金魚は寺院から宮廷へと移っていきました。

宮廷の庭園と池

豪華な庭園文化

宋代の皇帝や貴族の邸宅には、必ずといっていいほど庭園がありました。

それも、ただの庭じゃありません。

宮廷庭園の特徴:

- 広大な敷地

- 人工の山(築山)

- 曲がりくねった小道

- 楼閣や東屋

- そして、大きな池

この池が、金魚の住処になったんです。

池の構造

宮廷の池は、観賞用に設計されていました。

理想的な観賞池:

- 水深は浅めから中程度

- 水が澄んでいる(管理が行き届いている)

- 蓮や睡蓮が植えられている

- 周囲に石が配置されている

- 橋や回廊から魚を見下ろせる

池の底は、わざと明るい色の石や砂を敷くこともありました。そうすると、赤い魚がより美しく見えるんですね。

陶器の鉢での飼育も

大きな池だけでなく、陶器の鉢で金魚を飼うこともありました。

宋代は陶磁器の技術が非常に発達していた時代。青磁や白磁など、美しい焼き物がたくさん作られていました。

鉢での飼育の利点:

- 近くで観察できる

- 個体を選んで飼える

- 管理がしやすい

- 器自体も芸術品

庭園の東屋や建物の中に、美しい陶器の鉢を置いて、その中で金魚を飼う。これが、後の「金魚鉢文化」の始まりなんです。

富と権力の象徴

希少性と価値

最初期の金魚は、非常に希少でした。

突然変異で生まれる赤いフナは少ない。その中でも特に美しい個体を選んで繁殖させる。数が少ないから、価値が高い。

金魚の価値:

- 入手が困難

- 飼育に手間がかかる

- 専門の世話係が必要

- 庭園の池が必要

つまり、金魚を飼えること自体が、富と権力の証だったんです。

ステータスシンボル

皇帝や高位の貴族が金魚を飼っている。

これを知った他の貴族たちも、「自分も欲しい!」と思うようになります。

社会的な意味:

- 金魚を持っている = 裕福

- 珍しい品種を持っている = 教養がある

- 大きく育てている = 管理能力がある

- 客に見せる = 自慢できる

現代でいえば、高級車やブランド品を持っているような感覚でしょうか。でも、金魚の方がずっと文化的で洗練されていますけどね。

専門の飼育係

宮廷の魚師

金魚の飼育には、専門的な知識が必要です。

宮廷では、専門の飼育係を雇っていました。

魚師(うおし)の仕事:

- 毎日の餌やり

- 水質の管理

- 病気の治療

- 繁殖の管理

- 個体の選別

この魚師たちが、試行錯誤を重ねながら、金魚の飼育技術を確立していったんです。

飼育技術の発展

餌の工夫:

- 何を食べさせると健康に育つか

- どのくらいの量を与えるべきか

- 季節による調整

水質管理:

- 水を清潔に保つ方法

- 水草の役割

- 水の入れ替えの頻度

繁殖技術:

- どの個体同士を交配させるか

- 色の遺伝のパターン

- 優れた個体の選び方

こうした知識が、世代を超えて受け継がれていきました。

観賞の作法

どうやって楽しんだか

宋代の貴族たちは、金魚をどんな風に楽しんでいたんでしょう?

観賞のシーン:

1. 朝の散策

- 朝食前に庭園を歩く

- 池のほとりで金魚を眺める

- 新鮮な空気と美しい魚で一日を始める

2. 客人との鑑賞

- 友人や同僚を招く

- 庭園で詩や酒を楽しみながら

- 金魚の美しさについて語り合う

3. 瞑想の対象

- 静かに魚を見つめる

- 禅的な境地

- 心の平穏を得る

詩に詠まれた金魚

文人たちは、金魚を詩に詠みました。

残念ながら、初期の金魚の詩は多くは残っていませんが、後世の記録から当時の雰囲気を想像できます。

詩のテーマ:

- 赤い魚の美しさ

- 水中を泳ぐ優雅さ

- 自然の不思議

- 人生の無常との対比

金魚は単なるペットではなく、芸術的インスピレーションの源でもあったんです。

色と形へのこだわり

より赤く、より美しく

最初の金魚は、おそらくまだフナに近い姿だったでしょう。

でも、宮廷の魚師たちは、より美しい個体を求めて選別を重ねていきました。

選別のポイント:

1. 体色

- より鮮やかな赤

- 均一な色

- 金属的な光沢

2. 体型

- バランスの良い体型

- 優雅な泳ぎ方

- 健康で活発

3. 大きさ

- 適度な大きさ

- 大きすぎず小さすぎず

変わった個体への関心

時々、普通とは違う特徴を持つ個体が生まれます。

変異の例:

- 尾びれが長い

- 体高が高い

- 白い斑点がある

- 目が少し大きい

こうした変異を、「面白い!」と思う人もいれば、「正常じゃない」と思う人もいました。

でも、面白いと思った人たちが、その変異個体を大切に育てた。これが、後の多様な金魚品種の始まりになっていくんです。

民間への広がりの兆し

貴族から富裕商人へ

宮廷や高位貴族が金魚を飼い始めてしばらくすると、徐々に他の階層にも広がっていきます。

広がりのプロセス:

1. 下級貴族

- 上級貴族を真似て飼い始める

- 自分の庭園の池で

2. 富裕な商人

- 経済力がある

- 文化的なことに興味がある

- 金魚を入手して飼育

3. 文人・学者

- 経済的には中程度でも

- 美意識が高い

- 小さな鉢で飼育

養殖業の萌芽

需要が増えると、供給も必要になります。

専業の養殖家の誕生:

- 金魚を繁殖させて販売する人が現れる

- 宮廷の元魚師が独立することも

- 池を作って大量に飼育

- 市場で販売

まだまだ高価で、庶民には手が届きませんでしたが、「金魚を売る」という商売が成り立ち始めました。

記録に残る金魚

文献への登場

南宋の時代、金魚に関する記述が文献に現れ始めます。

代表的な記録:

1. 『夢粱録』(1275年頃)

- 南宋末期の臨安(杭州)の生活誌

- 市場で金魚が売られていた記録

- 観賞魚としての金魚の定着を示す

2. 詩文集

- 様々な詩人が金魚を詠む

- 「金色の魚」「朱色の魚」

- 池での優雅な姿

絵画に描かれた金魚

宋代の絵画にも、金魚らしき魚が描かれています。

花鳥画の伝統の中で、魚も重要なモチーフでした。蓮の葉の下を泳ぐ赤い魚...それが金魚だったかもしれません。

残念ながら、「これが確実に金魚だ」と言える明確な絵は少ないのですが、後世の絵画を見ると、宋代にすでに金魚の絵画的伝統が始まっていたことがわかります。

宋から元へ:変化の時代

モンゴル帝国の侵入

1279年、南宋はモンゴル帝国に滅ぼされます。

元(げん)という新しい王朝が始まります。モンゴル人による支配です。

社会の変化:

- 支配層の交代

- 文化の一時的な混乱

- でも、金魚文化は途絶えなかった

金魚文化の継続

興味深いことに、金魚文化は元の時代にも続きました。

モンゴル人の支配者たちも、中国の文化を受け入れていきました。そして、金魚の美しさも認めたんです。

元代での発展:

- 金魚飼育は継続

- さらに品種が増える

- 民間への広がりが加速

そして次の明の時代(1368年〜)には、金魚文化はさらに大きく花開くことになります。

まとめ:宮廷から始まった金魚文化

宋代の宮廷で始まった金魚飼育。

それは単なる魚の飼育ではなく、文化的な営みでした。

宮廷飼育の意義:

1. 希少性の保護

- 珍しい赤いフナが保護された

- 繁殖技術が発展した

2. 文化的価値の確立

- 富と権力の象徴

- 芸術的インスピレーション

- 詩や絵画のモチーフ

3. 技術の蓄積

- 専門の魚師による飼育

- 知識の体系化

- 品種改良の始まり

4. 社会への広がり

- 貴族から商人へ

- 養殖業の誕生

- 庶民への道筋

宮廷という、ある意味「特権的な」空間で育まれた金魚文化。でもそれが、やがて広く社会に広がっていく土台になったんです。

次回は、仏教の放生池について、もう少し詳しく見ていきます。寺院という宗教空間が、どのように金魚の誕生と発展に関わったのか。面白い話がたくさんありますよ。

---

参考資料

本記事の執筆にあたり、以下の文献・資料を参考にしました。

宋代の宮廷文化

1. Ebrey, P.B. (2014). "Emperor Huizong and Late Northern Song China: The Politics of Culture and the Culture of Politics." *Harvard University Press*.

- 宋代宮廷の文化政策と芸術

2. West, S.H. (1997). "Crossing Over: Narratives of Palaces and Gardens in China." *Fairleigh Dickinson University Press*.

- 中国の宮廷庭園文化

3. Weidner, M.S., et al. (1988). "Views from Jade Terrace: Chinese Women Artists, 1300-1912." *Indianapolis Museum of Art*.

- 宋元時代の芸術文化

庭園と観賞文化

4. Keswick, M., et al. (2003). "The Chinese Garden: History, Art and Architecture." *Harvard University Press*.

- 中国庭園の歴史と芸術

5. Henderson, R. (2013). "The Gardens of Suzhou." *University of Pennsylvania Press*.

- 中国南部の庭園文化(宋代の伝統を含む)

6. Clunas, C. (1996). "Fruitful Sites: Garden Culture in Ming Dynasty China." *Duke University Press*.

- 明代の庭園文化(宋代の継承を含む)

金魚の歴史記録

7. 陳橋驛 (1999). 『中国金魚文化史』(中国語)

- 宋代から現代までの金魚文化の詳細な記録

8. 呉寿彭 (1984). 『中国金魚図譜』(中国語)

- 金魚の歴史的記録と図譜

9. 周履靖 (明代). 『養魚経』

- 明代の養魚書(宋代の伝統を記録)

宋代の日常生活

10. Gernet, J. (1962). "Daily Life in China on the Eve of the Mongol Invasion, 1250-1276." *Stanford University Press*.

- 南宋末期の日常生活の詳細

11. Ebrey, P.B. (1993). "The Inner Quarters: Marriage and the Lives of Chinese Women in the Sung Period." *University of California Press*.

- 宋代の生活文化

日本語文献

12. 松井佳一 (1992). 『金魚の科学』恒星社厚生閣

- 宋代の金魚飼育の始まり

13. 吉田信行 (2015). 『金魚の教科書』誠文堂新光社

- 宮廷での金魚飼育の歴史

14. 宮崎市定 (1997). 『宋代の社会と文化』平凡社

- 宋代社会における観賞文化

15. 中田勇次郎 (1977). 『中国の庭園』鹿島出版会

- 中国庭園史における宋代の位置づけ

注記: 本記事は一般読者向けのエッセイであり、歴史学の専門論文ではありません。宋代の宮廷生活については直接的な史料が限られているため、当時の社会状況や文化的背景から推測している部分も含まれます。

関連記事

- 金魚の祖先はフナ!地味な川魚が美しい観賞魚に変わった理由 (第1回)

- 金魚の祖先は中国のフナ!ギンブナとキンブナの違いと分布 (第2回)

- 突然変異とは?フナが赤くなるメカニズムを生物学で解説 (第3回)

- 金魚の赤色のメカニズム:色素細胞と光の科学 (第4回)

- 中国・宋の時代とは?金魚が生まれた時代背景を解説 (第5回)

- 仏教の放生池が金魚を救った!寺院が育んだ観賞魚文化 (第7回)