← Juane's Note一覧に戻る
No.1122026.02.09

金魚の赤色のメカニズム:色素細胞と光の科学

# 金魚の赤色のメカニズム:色素細胞と光の科学

前回、突然変異でフナに赤い個体が生まれる話をしました。メラニンを作る遺伝子に変異が起こって、黒い色素が減るから赤くなる、という話でした。

でも、ちょっと待ってください。

「黒が減ったら、なぜ赤になるの?透明になるんじゃないの?」

そう思いませんか?私も最初、そう思いました。

実は、金魚の色の秘密は、もっと奥が深いんです。今回は、色素細胞の世界を覗いてみましょう。

魚の皮膚は色素細胞でできている

色素細胞って何?

私たち人間の皮膚の色は、メラニン色素で決まります。日焼けすると黒くなるのも、メラニンが増えるからですよね。

魚も同じように色素を持っています。でも、魚の色の作り方は、人間よりずっと複雑で面白いんです。

魚の皮膚には、色素細胞(クロマトフォア)という特殊な細胞があります。この細胞の中に、様々な色素が入っているんです。

魚が持つ5種類の色素細胞

魚には、なんと5種類もの色素細胞があります。

1. メラノフォア(黒色素胞)

- 黒色のメラニン色素を含む

- 最も一般的な色素細胞

- 茶色〜黒色を作る

2. キサントフォア(黄色素胞)

- 黄色のカロテノイド色素を含む

- プテリジンという色素も

- 黄色〜オレンジ色を作る

3. エリスロフォア(赤色素胞)

- 赤色のカロテノイド色素を含む

- 赤色〜ピンク色を作る

- 金魚の赤はこれ!

4. イリドフォア(虹色素胞)

- 色素ではなく、グアニン結晶を含む

- 光を反射してキラキラ輝く

- 銀色や虹色を作る

5. ロイコフォア(白色素胞)

- プリン化合物を含む

- 白色を作る

この5種類の色素細胞が、組み合わさって魚の体色を作っているんです。

フナと金魚の色素細胞の違い

普通のフナの場合

普通の灰色のフナは、こんな色素細胞の組み合わせを持っています:

フナの色素構成:

- メラノフォア:たくさんある(黒色が強い)

- キサントフォア:少しある(黄色、でも隠れてる)

- エリスロフォア:ほとんどない、または隠れている

- イリドフォア:ある(銀色の輝き)

メラノフォアがたっぷりあるので、全体的に暗い灰褐色に見えます。黄色や赤の色素細胞があっても、黒に隠れて目立たないんですね。

赤い金魚の場合

では、赤い金魚は?

金魚の色素構成:

- メラノフォア:ない、または極めて少ない ← ここが違う!

- キサントフォア:ある(黄色)

- エリスロフォア:たくさんある!(赤色)

- イリドフォア:ある(輝き)

メラノフォアがないか、極端に少ない。だから、隠れていた赤色・黄色の色素細胞が表に現れて、赤く見えるんです。

つまり:

「黒が消えたから赤くなった」のではなく、

「黒がなくなって、元からあった赤が見えるようになった」

これが正解です。

カロテノイドという色素の正体

食べ物から取り込む色素

金魚の赤色を作っているカロテノイド。これ、実は魚が自分で作ることができない色素なんです。

カロテノイドの特徴:

- 植物や藻類、バクテリアが作る色素

- 魚は食べ物から取り込む

- 体内に蓄積される

- 赤色、オレンジ色、黄色を作る

身近な例でいうと:

- ニンジンのオレンジ色 → カロテン(カロテノイドの一種)

- トマトの赤色 → リコピン(カロテノイドの一種)

- サケの赤身 → アスタキサンチン(カロテノイドの一種)

そう、サケも金魚と同じように、食べたものから赤色を取り込んでいるんです。

餌によって色が変わる

面白いことに、金魚の赤色は餌の内容で変わります

カロテノイドをたくさん含む餌を食べれば、より鮮やかな赤色になる。逆に、カロテノイドが少ない餌だと、色が薄くなってしまいます。

色揚げ飼料:

金魚の飼育では、「色揚げ飼料」という餌があります。これは、カロテノイドを多く含んでいて、金魚の赤色を鮮やかにするための餌なんです。

スピルリナという藻類、パプリカ、エビの殻などが配合されていることが多いですね。

古代中国でも、経験的に「この餌を与えると赤くなる」ということに気づいていたんじゃないでしょうか。

メラニンが消える仕組み

チロシナーゼという酵素

さて、赤い金魚では、なぜメラノフォアが消えたのでしょうか?

前回少し触れましたが、もう少し詳しく見てみましょう。

メラニンの合成プロセス:

1. チロシンというアミノ酸がある

2. チロシナーゼという酵素が働く

3. チロシンが酸化される

4. ドーパ、ドーパキノンを経て

5. メラニン色素ができる

金魚では、このチロシナーゼを作る遺伝子に変異があります。

遺伝子の変異パターン

チロシナーゼ遺伝子の変異には、いくつかのパターンがあります。

完全欠損型:

- 遺伝子が完全に壊れている

- チロシナーゼが全く作られない

- メラニンゼロ → アルビノ(白い金魚)

部分欠損型:

- 遺伝子が部分的に変異

- チロシナーゼが少し作られる、または機能が弱い

- メラニンが少ない → 赤い金魚

調節領域の変異:

- 遺伝子自体は正常だが、スイッチが壊れている

- チロシナーゼの量が減る

- メラニンが少ない → 様々な色のバリエーション

こうした変異のバリエーションが、金魚の多様な色を生み出しているんです。

光の反射と構造色

イリドフォアの役割

金魚の体が時々キラキラ輝いて見えること、ありますよね。

あれは、イリドフォア(虹色素胞)の働きなんです。

イリドフォアには色素が入っているのではなく、グアニン結晶という物質が層状に並んでいます。この結晶が光を反射して、キラキラ輝くんです。

構造色のメカニズム:

- 光がグアニン結晶の層に当たる

- 層の間で光が反射・干渉する

- 特定の波長の光が強調される

- 銀色や虹色に輝いて見える

これは「構造色」と呼ばれる現象です。色素による色ではなく、微細な構造による色なんですね。

CDやDVDの表面が虹色に見えるのと、同じ原理です。

金属光沢の金魚

一部の金魚は、特に強い金属光沢を持っています。

これは、イリドフォアが特に発達しているから。グアニン結晶の層が厚く、規則正しく並んでいると、より強く輝きます。

「金魚」という名前の由来も、この金属的な輝きから来ているんでしょうね。

色素細胞は動く!

驚きの適応能力

魚の色素細胞には、もう一つすごい能力があります。

色素が移動できるんです。

色素細胞の中で、色素の粒が集まったり散らばったりする。これによって、魚は体色を変化させることができるんです。

色が変わる仕組み:

1. 明るいところでは色素が集まる → 体色が薄くなる

2. 暗いところでは色素が広がる → 体色が濃くなる

3. ストレスで色素が移動する → 色が変わる

金魚も、環境によって少し色が変わることがあります。

環境適応としての体色変化

これは、野生のフナにとって重要な能力でした。

環境に合わせて体色を調整できれば、より効果的に身を隠せます。明るい砂地では薄く、暗い泥底では濃く。

でも、金魚はもう天敵がいない環境で暮らしているので、この能力はあまり使われていません。むしろ、人間が「色が変わると困る」と思って、色が安定した個体を選んで繁殖させてきました。

白い金魚、黒い金魚

アルビノの金魚

金魚には、真っ白な個体もいます。

これはアルビノと呼ばれる変異です。

アルビノの特徴:

- メラニン色素が完全にない

- 目が赤い(血管が透けて見える)

- チロシナーゼ遺伝子が完全に機能しない

アルビノの金魚では、カロテノイドもうまく沈着しないことが多く、純白になります。

とても美しいのですが、実は視力が弱かったり、紫外線に弱かったり、ちょっとデリケートです。

黒い金魚(出目金など)

逆に、真っ黒な金魚もいます。出目金とか。

これは、メラノフォアが正常に機能している、あるいは過剰に働いている個体です。

赤い金魚から、何世代か繁殖させていると、時々黒い個体が生まれることがあります。これは、メラニン合成の遺伝子が元に戻った(復帰変異)か、別の遺伝子の組み合わせの結果です。

まだら模様の金魚

赤と白、赤と黒のまだら模様の金魚もいますよね。

これは、体の部位によって色素細胞の種類や量が違うんです。

まだら模様ができる理由:

- 発生過程で色素細胞が不均一に分布

- 体の場所によって遺伝子の働きが違う

- 複数の色素細胞のバランスが部位ごとに異なる

この不均一さも、人間が「面白い」「美しい」と思って選んできた結果です。

まとめ:金魚の色は細胞の芸術

金魚の美しい赤色、その秘密がわかってきましたね。

ポイントをまとめると:

1. 魚の体色は5種類の色素細胞で作られる

2. フナはメラノフォアが多いから灰色

3. 金魚はメラノフォアが少ないから赤い

4. 赤色はカロテノイド(食べ物由来)で作られる

5. チロシナーゼ遺伝子の変異でメラニンが減った

6. イリドフォアが金属的な輝きを作る

7. 色素細胞の組み合わせで多様な色が生まれる

遺伝子の変異、色素細胞の種類、食べ物からの色素、光の反射...これら全てが組み合わさって、金魚の美しい姿が作られているんです。

まさに、細胞レベルの芸術作品ですね。

次回は、この赤いフナを最初に発見した人々、古代中国の物語に入っていきます。

参考資料

本記事の執筆にあたり、以下の文献・資料を参考にしました。

色素細胞と体色の科学

1. Fujii, R. (2000). "The regulation of motile activity in fish chromatophores." *Pigment Cell Research*, 13(5), 300-319.

- 魚類の色素細胞の運動性と制御機構

2. Kelsh, R.N. (2004). "Genetics and evolution of pigment patterns in fish." *Pigment Cell Research*, 17(4), 326-336.

- 魚類の色素パターンの遺伝と進化

3. Hubbard, J.K., et al. (2010). "Vertebrate pigmentation: from underlying genes to adaptive function." *Trends in Genetics*, 26(5), 231-239.

- 脊椎動物の色素形成の遺伝的基盤

4. Leclercq, E., et al. (2010). "Morphological skin colour changes in teleosts." *Fish and Fisheries*, 11(2), 159-193.

- 硬骨魚類の体色変化のメカニズム

メラニン合成とチロシナーゼ

5. Abe, S., et al. (2005). "Molecular cloning and expression of tyrosinase gene in goldfish." *Pigment Cell Research*, 18(2), 94-100.

- 金魚のチロシナーゼ遺伝子のクローニングと発現

6. Braasch, I., et al. (2009). "The spotted gar genome illuminates vertebrate evolution and facilitates human-teleost comparisons." *Nature Genetics*, 48, 427-437.

- 脊椎動物のメラニン合成経路の進化

7. Hearing, V.J. (2011). "Milestones in melanocytes/melanogenesis." *Journal of Investigative Dermatology*, 131(E1), E1.

- メラニン形成の分子メカニズム

カロテノイドと色素

8. Goodwin, T.W. (1984). "The Biochemistry of the Carotenoids, Volume II: Animals." *Chapman and Hall*.

- 動物におけるカロテノイドの生化学

9. Brush, A.H., & Power, D.M. (1976). "House finch pigmentation: carotenoid metabolism and the effect of diet." *The Auk*, 93(4), 725-739.

- 食餌性カロテノイドと体色の関係

10. Matsuno, T. (2001). "Aquatic animal carotenoids." *Fisheries Science*, 67(5), 771-783.

- 水生動物のカロテノイド代謝

構造色と光学特性

11. Denton, E.J., & Land, M.F. (1971). "Mechanism of reflexion in silvery layers of fish and cephalopods." *Proceedings of the Royal Society of London B*, 178(1050), 43-61.

- 魚類の銀色反射層のメカニズム

12. Kinoshita, S., & Yoshioka, S. (2005). "Structural colors in nature: the role of regularity and irregularity in the structure." *ChemPhysChem*, 6(8), 1442-1459.

- 生物の構造色の物理学

金魚の色彩

13. Smartt, J. (2001). "Goldfish Varieties and Genetics: A Handbook for Breeders." *Blackwell Science*.

- 金魚の色彩遺伝学

14. Matsui, Y. (1992). 『金魚の科学』恒星社厚生閣

- 金魚の色素と体色の詳細な解説

15. 吉田信行 (2015). 『金魚の教科書』誠文堂新光社

- 金魚の色揚げと飼育管理

注記: 本記事は一般読者向けのエッセイであり、専門的な学術論文ではありません。色素細胞の複雑なメカニズムを平易に説明するため、一部簡略化している部分があります。

関連記事

- 金魚の祖先は中国のフナ!ギンブナとキンブナの違いと分布 (第2回)

- 突然変異とは?フナが赤くなるメカニズムを生物学で解説 (第3回)

- 中国・宋の時代とは?金魚が生まれた時代背景を解説 (第5回)