中国・宋の時代とは?金魚が生まれた時代背景を解説
# 中国・宋の時代とは?金魚が生まれた時代背景を解説
ここまで、生物学的な視点から金魚の誕生を見てきました。フナという魚、突然変異、色素細胞...科学的な話が続きましたね。
でも、金魚が生まれたのは、生物学だけの話じゃありません。
時代背景が大きく関わっているんです。
金魚が最初に飼育されたのは、中国の「宋の時代」と言われています。でも、「宋の時代」って、一体どんな時代だったんでしょう?
今回は、ちょっと歴史の話。金魚が生まれた時代の中国を覗いてみましょう。
宋の時代っていつ?
北宋と南宋:300年以上続いた王朝
宋(そう)は、960年から1279年まで続いた中国の王朝です。
日本でいうと、平安時代の中期から鎌倉時代の中期まで。かなり長い期間ですね。
宋は大きく二つの時期に分かれます:
北宋(960年〜1127年)
- 首都:開封(カイフォン)
- 北方に位置する都市
- 約170年間
南宋(1127年〜1279年)
- 首都:臨安(杭州)
- 南方に移った
- 約150年間
なぜ南に移ったかというと、北方の遊牧民族(女真族)に攻められて、首都を追われたからです。でも、南に移った後も、宋の文化は衰えるどころか、さらに花開きました。
金魚が生まれたのは南宋期
金魚が観賞魚として飼育され始めたのは、主に南宋の時代だと考えられています。
12世紀から13世紀、つまり1100年代〜1200年代ですね。
首都の臨安(今の杭州)周辺。長江流域の温暖で水の豊かな地域です。
宋の時代は「経済の黄金時代」
空前の経済発展
宋の時代、中国経済は驚異的な発展を遂げました。
経済規模の拡大:
- 農業生産が大幅に増加
- 商業が活発化
- 手工業が発達
- 世界で最も豊かな国の一つに
具体的な数字を見ると、すごさがわかります。
宋代の人口:
- 北宋初期:約6000万人
- 南宋期:1億人を超える
当時の世界人口が3億人くらいだったと言われているので、中国だけで世界の3分の1!
人口が増えたということは、食料が豊富で、社会が安定していた証拠です。
なぜこんなに発展したのか
宋が繁栄した理由はいくつかあります。
1. 農業技術の革新
- 占城稲(早稲品種)の導入
- 二期作の普及
- 灌漑技術の向上
2. 商業の自由化
- 市場経済が発達
- 民間商業の活性化
- 都市の自由な経済活動
3. 紙幣の発明
- 世界初の紙幣「交子」
- 取引が便利に
- 経済活動が加速
4. 海上貿易の発展
- 造船技術の進歩
- 羅針盤の実用化
- 東南アジア、インド、中東との貿易
豊かな社会には、余裕が生まれます。そして余裕が、文化を育てるんですね。
都市文化の発展
巨大都市の出現
宋の時代、中国には世界でも類を見ない大都市がありました。
開封(北宋の首都):
- 人口100万人を超える
- 当時、世界最大の都市
- 繁華街、歓楽街が発達
臨安(南宋の首都、今の杭州):
- 人口100万人以上
- 商業都市として繁栄
- 「地上の楽園」と呼ばれた
ちなみに、当時のヨーロッパの都市は、大きくても数万人規模。ロンドンやパリでさえ、まだ小さな町でした。
市民文化の誕生
大都市には、様々な人が集まります。
役人、商人、職人、学者、芸術家...そして、裕福な市民たち。
宋の時代の特徴は、庶民にも文化が広がったことです。
市民が楽しんだ文化:
- 茶館(喫茶店)
- 酒楼(料理屋)
- 劇場(演劇、音楽)
- 書店(印刷技術の発達)
- 市場(あらゆる商品)
そして、庭園。
裕福な商人や役人は、自分の家に庭園を作りました。小さな池を作り、植物を植え、石を配置する。そこで詩を詠み、友人と語らう。
この庭園文化が、金魚飼育の土台になっていくんです。
文化的成熟:芸術と学問
文人文化の全盛期
宋の時代は、文人(知識人)の文化が花開いた時代でもあります。
文人とは:
- 科挙試験に合格した官僚
- 詩文、書、画に優れた人々
- 学問と芸術を重んじる
宋代の文人は、ただの役人ではありませんでした。芸術家であり、哲学者でもあったんです。
代表的な文人:
- 蘇軾(そしょく):詩人、書家、画家
- 欧陽脩(おうようしゅう):歴史家、詩人
- 王安石(おうあんせき):政治家、文学者
- 朱熹(しゅき):哲学者、儒学者
彼らは自然を愛し、美を追求し、その思想を芸術で表現しました。
芸術の洗練
宋代の芸術的成就:
1. 絵画
- 山水画の完成
- 花鳥画の発展
- 写実と精神性の融合
2. 書道
- 個性的な書風
- 芸術としての書の確立
3. 陶磁器
- 青磁、白磁の完成
- 世界的名品の誕生
4. 文学
- 詞(詩の一種)の発展
- 散文の洗練
この芸術的成熟が、「美しいものを愛でる心」を育てました。
赤いフナを見つけた時、「珍しい、美しい」と感じる感性。これは、この文化的土壌があってこそです。
観賞文化の発達
盆栽と盆景
宋の時代、もう一つ重要な文化が発展していました。
盆栽と盆景です。
盆景(ぼんけい):
- 小さな鉢の中に、山水の景色を再現
- 岩、植物、水を配置
- ミニチュアの自然
これ、金魚鉢の文化と似てませんか?
小さな器の中に、自然の美を閉じ込めて楽しむ。この感覚が、金魚飼育にもつながっていくんです。
花卉栽培の流行
植物を育てて楽しむ文化も、宋代に大きく発展しました。
人気があった植物:
- 牡丹:富貴の象徴
- 梅:清廉の象徴
- 菊:高潔の象徴
- 蓮:清浄の象徴
珍しい品種、美しい色、独特の形...人々は植物の変異を探し、育て、鑑賞しました。
この「珍しいものを探す」「美しいものを育てる」という文化。これが金魚にも向かったんですね。
仏教文化と放生の思想
仏教の影響
宋の時代、仏教は社会に深く根付いていました。
特に禅宗が発展し、文人たちにも大きな影響を与えました。
仏教の教えの中に、不殺生(ふせっしょう)という考えがあります。生き物を殺してはいけない、という教えです。
放生(ほうじょう)の習慣
この不殺生の思想から、放生(ほうじょう)という習慣が生まれました。
放生とは:
- 捕らえられた生き物を自然に帰すこと
- 命を救う善行
- 功徳を積む行為
寺院の境内に放生池という池を作り、そこに魚や亀を放ちます。天敵がいない安全な場所で、生き物を保護するんです。
放生池が金魚を育てた
この放生池が、金魚の誕生に重要な役割を果たしました。
放生池の特徴:
- 天敵がいない
- 定期的に餌が与えられる
- 人々が頻繁に訪れて観察する
- 珍しい個体も保護される
赤いフナが生まれても、自然界ならすぐに食べられてしまいます。でも放生池なら、生き延びることができる。
そして、参拝に来た人々が「あ、赤い魚がいる!」と気づく。
こうして、赤いフナは発見され、大切にされるようになったんです。
なぜ宋の時代だったのか
ここまで見てきて、わかることがあります。
金魚が宋の時代に生まれたのは、偶然じゃなかったんです。
金魚誕生の必要条件:
1. 経済的余裕
- 趣味に時間とお金を使える
- 観賞魚を飼育する余裕
2. 都市文化
- 庭園文化の発達
- 観賞文化の成熟
3. 芸術的感性
- 美しいものを愛でる心
- 珍しいものへの関心
4. 仏教思想
- 放生池という保護環境
- 生き物を大切にする心
5. 技術的基盤
- 陶磁器産業(器が作れる)
- 養魚の知識
これら全てが揃った場所と時代。それが、宋代の中国だったんです。
南宋の臨安:金魚の故郷
杭州という街
南宋の首都・臨安は、今の杭州です。
杭州は今でも、美しい湖と庭園で有名な観光都市。「地上の楽園」と呼ばれた当時の面影が、今も残っています。
杭州の特徴:
- 西湖という美しい湖
- 温暖な気候
- 豊富な水
- 長江流域の肥沃な土地
フナが住むには最適の環境。そして、人々が観賞魚を楽しむには最適の文化。
文献に残る記録
南宋の時代、金魚に関する記録が文献に登場し始めます。
詩に詠まれ、絵に描かれ、随筆に記録される。「珍しい赤い魚」から、「金魚」という存在として認識されていく。
次回は、この南宋の時代に、金魚がどのように宮廷や富裕層に広まっていったのか、具体的な話を見ていきます。
まとめ:時代が金魚を生んだ
金魚の誕生は、単なる生物学的な偶然ではありませんでした。
宋という時代の:
- 経済的繁栄
- 都市文化の成熟
- 芸術的洗練
- 観賞文化の発達
- 仏教思想の浸透
これら全てが組み合わさって、初めて金魚という文化が生まれたんです。
違う時代、違う場所だったら、赤いフナは誰にも気づかれず、消えていたかもしれません。
でも、たまたま宋代の中国で生まれた。だから、千年以上経った今も、私たちは金魚を楽しめるんですね。
参考資料
本記事の執筆にあたり、以下の文献・資料を参考にしました。
宋代の歴史・社会
1. Kuhn, D. (2009). "The Age of Confucian Rule: The Song Transformation of China." *Harvard University Press*.
- 宋代中国の社会変革に関する包括的研究
2. Gernet, J. (1962). "Daily Life in China on the Eve of the Mongol Invasion, 1250-1276." *Stanford University Press*.
- 南宋末期の日常生活の詳細な記述
3. Ebrey, P.B. (1999). "The Cambridge Illustrated History of China." *Cambridge University Press*.
- 中国史の視覚的資料を含む総合的解説
4. 宮崎市定 (1997). 『宋代の社会と文化』平凡社
- 宋代社会の構造と文化的特徴
宋代の経済・都市
5. Shiba, Y. (1970). "Commerce and Society in Sung China." *University of Michigan Press*.
- 宋代の商業と社会構造の研究
6. Hartwell, R. (1982). "Demographic, Political, and Social Transformations of China, 750-1550." *Harvard Journal of Asiatic Studies*, 42(2), 365-442.
- 宋代の人口動態と社会変容
7. 斯波義信 (2002). 『宋代商業史研究』汲古書院
- 宋代商業の詳細な研究
宋代の文化・芸術
8. Murck, A., & Fong, W.C. (1991). "Words and Images: Chinese Poetry, Calligraphy, and Painting." *Princeton University Press*.
- 宋代の詩・書・画の関係性
9. Bush, S., & Shih, H. (2012). "Early Chinese Texts on Painting." *Harvard University Press*.
- 宋代の絵画理論と美学
10. 小川裕充 (2009). 『宋元絵画史研究』中央公論美術出版
- 宋代絵画の歴史的研究
仏教と放生文化
11. Smith, P.J. (1998). "Taxing Heaven's Storehouse: Horses, Bureaucrats, and the Destruction of the Sichuan Tea Industry, 1074-1224." *Harvard University Press*.
- 宋代の仏教と社会の関係
12. 荒木見悟 (1992). 『仏教と儒教』平楽寺書店
- 宋代における仏教思想の影響
金魚の歴史
13. 陳橋驛 (1999). 『中国金魚文化史』(中国語)
- 中国における金魚文化の歴史的変遷
14. 松井佳一 (1992). 『金魚の科学』恒星社厚生閣
- 金魚の起源と宋代の背景
15. 吉田信行 (2015). 『金魚の教科書』誠文堂新光社
- 金魚の歴史と文化的背景
注記: 本記事は一般読者向けのエッセイであり、歴史学の専門論文ではありません。宋代の複雑な歴史をわかりやすく説明するため、一部簡略化している部分があります。
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