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No.1112026.02.09

突然変異とは?フナが赤くなるメカニズムを生物学で解説

# 突然変異とは?フナが赤くなるメカニズムを生物学で解説

前回まで、金魚の祖先がフナであること、そして中国のギンブナ系統が金魚のルーツだとわかりました。

でも、ここで大きな疑問が残りますよね。

なぜ灰色のフナから、赤い魚が生まれるのか?

その答えは「突然変異」にあります。でも、突然変異って一体何なんでしょう?怖いもの?それとも普通に起こること?

今回は、ちょっと生物学の世界に踏み込んで、突然変異のメカニズムを見ていきましょう。難しい話もありますが、できるだけわかりやすく説明しますね。

遺伝とDNAの基礎知識

生命の設計図:DNA

突然変異を理解するには、まず「DNA」について知る必要があります。

学校の理科で習いましたよね。DNAは「生命の設計図」です。

すべての生き物は、このDNAという物質を持っています。人間も、フナも、植物も、バクテリアも。このDNAに書き込まれた情報に従って、体が作られているんです。

DNAの構造:

- 二重らせん構造(ねじれた梯子みたいな形)

- A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の「文字」が並んでいる

- この文字の並び方が「遺伝情報」

例えるなら、DNAは「生命のレシピ本」。A、T、G、Cという4文字で書かれた、とても長いレシピなんです。

遺伝子って何?

DNAの中で、特定の機能を持つ部分を「遺伝子」と呼びます。

一つ一つの遺伝子は、一つのタンパク質を作る設計図になっています。

遺伝子からタンパク質へ:

1. DNAの遺伝子の部分が読み取られる

2. その情報をもとにタンパク質が作られる

3. タンパク質が体の中で様々な仕事をする

フナの体の色も、遺伝子で決まっています。

「黒い色素を作る遺伝子」があって、その遺伝子の指示でメラニンという黒い色素が作られる。だからフナは灰色っぽい色をしているんです。

親から子へ受け継がれる

DNAは親から子へ受け継がれます。

だから、フナの親が灰色なら、その子どもも普通は灰色。親と同じ遺伝情報を受け取るからです。

じゃあ、なぜ時々、違う色の子どもが生まれるんでしょうか?

突然変異とは何か

DNAの「誤字」

突然変異とは、DNAの文字が変わってしまうことです。

レシピ本に「誤字」が入るようなものだと思ってください。

例えば:

- 元のレシピ:「砂糖を入れる」

- 誤字のレシピ:「砂を入れる」

たった一文字違うだけで、全然違うものができてしまいますよね。DNAも同じです。

突然変異の定義:

DNAの塩基配列(A、T、G、Cの並び)が変化すること。これにより、遺伝情報が変わり、親とは違う特徴が現れることがある。

突然変異は珍しいことじゃない

「突然変異」って聞くと、なんだか恐ろしいもの、異常なもの、と思うかもしれません。

でも実は、突然変異は自然界で常に起こっています

生き物が子孫を残すとき、DNAをコピーするんですが、このコピー作業は完璧ではありません。何十億という文字をコピーするわけですから、時々ミスが起こります。

突然変異の頻度:

- DNA複製1回あたり、約10億塩基に1個の割合で変異が起こる

- 人間の場合、一世代で約100個の新しい変異が生じる

- フナも同じように、世代ごとに変異が蓄積される

つまり、私たちみんな、ちょっとずつ親とは違うDNAを持っているんです。

突然変異のいろいろなパターン

突然変異には、いくつかのタイプがあります。

1. 点突然変異(一文字の入れ替わり)

- 最も一般的

- DNAの1文字が別の文字に変わる

- 例:ATG → ACG

金魚の色に関わる変異の多くは、このタイプです。

2. 挿入変異(文字が増える)

- DNAに新しい文字が割り込む

- 例:ATG → ATCG

3. 欠失変異(文字が消える)

- DNAから文字が失われる

- 例:ATCG → A~~TC~~G

挿入や欠失が起こると、その後の文字の読み方が全部ズレてしまうことがあります。これを「フレームシフト」と言って、大きな影響が出ます。

4. 染色体レベルの変異

- もっと大規模な変化

- DNAの大きな塊が入れ替わったり、増えたり、減ったり

- 影響も大きい

なぜフナに赤い個体が生まれるのか

さて、ここからが本題です。

フナの体色を決めるメカニズム

フナの灰色っぽい体色は、いくつかの色素でできています。

フナの色素:

1. メラニン色素(黒色)← これが一番多い

2. グアニン結晶(銀色の輝き)

3. カロテノイド(黄色〜赤色)← 少量だけ

普通のフナは、メラニンがたっぷりあるので、全体的に暗い色をしています。カロテノイドも持っているんですが、メラニンに隠れて目立たない。

色素を作る遺伝子に変異が起こると

ところが、メラニンを作る遺伝子に突然変異が起こると、どうなるでしょう?

メラニンが作られなくなる、あるいは減ってしまいます。

すると...

黒い色が消えて、隠れていた黄色〜赤色のカロテノイドが目立つようになる!

これが赤いフナの正体です。

遺伝子の変異によって、メラニンの合成がブロックされ、結果として赤や金色に見えるようになったんです。

劣性遺伝という厄介な性質

この「赤色」の遺伝子には、もう一つ重要な特徴があります。

劣性遺伝なんです。

遺伝には「優性」と「劣性」があります。

- 優性遺伝子:片方の親から受け継ぐだけで特徴が現れる

- 劣性遺伝子:両方の親から受け継がないと特徴が現れない

赤色の遺伝子は劣性。つまり、両親から赤色の遺伝子を受け継がないと、赤い体色にはならないんです。

だから、野生ではなかなか広まりません。

野生での赤いフナ:

1. 突然変異で赤色遺伝子を持つ個体が生まれる

2. でも、普通は灰色に見える(劣性だから)

3. たまたま赤色遺伝子を持つ者同士が交配すると

4. 子どもの一部が赤くなる

確率的には、とても稀なことなんです。

自然界では赤いフナは生き残れない

目立つことは危険

仮に、赤いフナが生まれたとしても、自然界では生き残るのが難しいんです。

理由は簡単。目立ちすぎるから。

前に説明したように、フナの灰色は保護色。水底や水草に紛れて、天敵から身を守っています。

でも赤い体だと:

- 上空の鳥から丸見え

- 水中の肉食魚にも見つかりやすい

- すぐに食べられてしまう

だから、赤いフナは生まれてもすぐに淘汰されてしまうんです。

人間が保護したから生き延びた

でも、人間が池で飼育すれば話は別です。

天敵がいない安全な環境。定期的に餌がもらえる。赤くても問題なく生きていける。

古代中国の人々は、この珍しい赤いフナを見つけて、「美しい!」と思いました。そして大切に保護したんです。

人間の選択が赤いフナを救ったんですね。

突然変異の積み重ねが多様性を生む

一度では終わらない

赤い色が現れたのは、一つの突然変異の結果でした。

でも、金魚の多様性はそれだけでは説明できません。

金魚には:

- 赤、白、黒、まだら、キャリコ...様々な色

- 出目金みたいに目が飛び出る

- らんちゅうみたいに背びれがない

- 尾びれが長い、分かれている

これらは全部、何世代にもわたる突然変異の積み重ねの結果なんです。

人間が選別して育てる

自然界では淘汰される変異も、人間が「面白い」「美しい」と思えば、保護して繁殖させることができます。

品種改良のプロセス:

1. 突然変異で珍しい特徴を持つ個体が生まれる

2. 人間がそれを選び出す

3. 同じ特徴を持つ個体同士を交配させる

4. 特徴がより強く現れた子孫を選ぶ

5. これを何世代も繰り返す

こうして、どんどん親とは違う、個性的な金魚が生まれていったんです。

突然変異は「偶然」だけど「必然」でもある

ここまで読んで、気づいたことがあると思います。

金魚の誕生は「偶然」です。突然変異がいつ、どこで起こるかは、誰にもコントロールできません。

でも同時に「必然」でもあるんです。

必然だった理由:

1. フナの繁殖力が高い → たくさん子どもが生まれる → 変異が現れる確率が上がる

2. 人間が大量に飼育 → さらに変異個体が現れやすい

3. 天敵のいない環境 → 変異個体が生き延びる

4. 人間が選別 → 面白い変異が保存される

つまり、フナという生き物の特性と、人間の文化が組み合わさって、金魚という奇跡が生まれたんですね。

現代の遺伝学が解き明かしたこと

金魚の赤色遺伝子の正体

現代の遺伝学研究によって、金魚の赤色がどうやって生まれるのか、分子レベルで解明されています。

メラニン合成経路:

1. チロシンという物質がある

2. チロシナーゼという酵素が働く

3. メラニン色素ができる

金魚では、このチロシナーゼを作る遺伝子に変異が起こっています。酵素がうまく働かないので、メラニンが作られない。

だから赤く見えるんです。

他の特徴も遺伝子で説明できる

色だけじゃありません。

- 出目金の目:眼球の形成に関わる遺伝子の変異

- 背びれのない金魚:ヒレの発生に関わる遺伝子の変異

- 長い尾びれ:ヒレの成長を制御する遺伝子の変異

全部、突然変異で説明できるんです。

すごいですよね。何百年も前の人は、遺伝子もDNAも知らなかった。でも、試行錯誤を重ねて、美しい金魚を作り出していたんです。

まとめ:突然変異が金魚を生んだ

灰色のフナから赤い金魚が生まれた理由、わかっていただけたでしょうか。

ポイントをまとめると:

1. 突然変異はDNAの変化であり、自然に起こる現象

2. メラニン色素の遺伝子に変異が起こり、赤い個体が生まれた

3. 赤色は劣性遺伝で、野生では広まりにくい

4. 自然界では淘汰されるが、人間の保護下では生き延びられた

5. 何世代もの突然変異の積み重ねが、金魚の多様性を生んだ

突然変異という偶然と、人間の審美眼という必然。この二つが組み合わさって、千年以上続く金魚文化が誕生したんです。

次回は、この赤いフナが具体的にどう保護され、飼育されていったのか。中国・宋の時代の金魚ブームについて見ていきます。

参考資料

本記事の執筆にあたり、以下の文献・資料を参考にしました。

遺伝学・分子生物学

1. Abe, S., et al. (2005). "Molecular cloning and expression of tyrosinase gene in goldfish." *Pigment Cell Research*, 18(2), 94-100.

- 金魚のチロシナーゼ遺伝子に関する研究

2. Braasch, I., et al. (2007). "A new model army: Emerging fish models to study the genomics of vertebrate Evo-Devo." *Journal of Experimental Zoology Part B: Molecular and Developmental Evolution*, 308(3), 349-362.

- 魚類の遺伝子と形態形成の進化

3. Protas, M.E., et al. (2006). "Genetic analysis of cavefish reveals molecular convergence in the evolution of albinism." *Nature Genetics*, 38(1), 107-111.

- 色素欠損の遺伝的メカニズム

4. Kelsh, R.N. (2004). "Genetics and evolution of pigment patterns in fish." *Pigment Cell Research*, 17(4), 326-336.

- 魚類の色素パターンの遺伝と進化

突然変異と遺伝の基礎

5. Alberts, B., et al. (2014). "Molecular Biology of the Cell (6th edition)." *Garland Science*.

- 細胞の分子生物学の標準教科書

6. Griffiths, A.J.F., et al. (2015). "Introduction to Genetic Analysis (11th edition)." *W.H. Freeman*.

- 遺伝学の基礎から応用まで

7. Strachan, T., & Read, A.P. (2010). "Human Molecular Genetics (4th edition)." *Garland Science*.

- 分子遺伝学の基礎

金魚の遺伝と品種

8. Smartt, J. (2001). "Goldfish Varieties and Genetics: A Handbook for Breeders." *Blackwell Science*.

- 金魚の品種と遺伝学の実践的ガイド

9. Chen, W.J., & Mayden, R.L. (2012). "Phylogeny of suckers (Teleostei: Cypriniformes: Catostomidae): Further evidence of relationships provided by the single-copy nuclear gene IRBP2." *Zootaxa*, 3586, 195-210.

- コイ科魚類の系統と遺伝

10. Matsui, Y. (1992). 『金魚の科学』恒星社厚生閣

- 金魚の遺伝学的特性に関する日本語文献

一般向け参考書

11. Mukherjee, S. (2016). "The Gene: An Intimate History." *Scribner*.(日本語訳:『遺伝子―親密なる人類史』早川書房、2018年)

- 遺伝子の歴史と科学の一般向け解説書

12. 吉田信行 (2015). 『金魚の教科書』誠文堂新光社

- 金魚の品種と遺伝に関する一般向け解説

注記: 本記事は一般読者向けのエッセイであり、専門的な学術論文ではありません。遺伝学の複雑な内容を平易に説明するため、一部簡略化している部分があります。

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