はじまりは室町時代。一隻の船が運んできた「黄金の魚」と、その先の物語。
「金魚が日本にやってきたのは、いつだと思いますか?」 江戸時代の賑やかなイメージが浮かびますが、実はその歴史はさらに300年ほど、室町時代まで遡ります。Juane * です。こんにちは。
今日は、一隻の船から始まった日本の金魚の物語と、公式な記録のさらに奥に眠る、歴史のロマンについてお話ししますね。
1502年、堺の港に届いた驚き
記録(『金魚養玩草』など)によれば、金魚が初めて日本の地を踏んだのは、室町時代中期の文亀2年(1502年)のこと。 当時の貿易の拠点だった大坂・堺の港に、中国(明)の船に乗ってやってきたと言われています。
戦国時代の足音が聞こえ始めていた頃。 まだ誰も見たことがなかった、水の中でキラキラと輝くその姿に、当時の人たちはどれほど心を奪われたことでしょう。その輝きから、当時は「黄金魚(こがねうお)」とも呼ばれていたそうです。
記録の裏側に、泳いでいたかもしれない影
でも、ふと思うことがあります。 1502年というのは、あくまで「はっきりと記録に残っている日付」。もしかしたら、それよりもずっと前から、金魚は日本に届いていたのかもしれない……。
例えば、平安時代や鎌倉時代。 日本は中国(宋)と盛んに貿易を行っていました。宋の時代は、中国で金魚の飼育がとても盛んだった時期でもあります。 最先端の文化を取り入れようとしていた当時の僧侶や貴族たちの池に、すでに赤い魚がひっそりと泳いでいたとしても、不思議ではありません。
「記録には残っていないけれど、誰かが大切に守ろうとした命が、ずっと前からそこにあった」 そんなふうに想像すると、歴史の空白が色鮮やかに輝き始める気がします。
素敵ですね。
確かな記録から歴史を知る楽しさと、見えない過去に想いを馳せる喜び。 そのどちらもが、金魚という存在をより尊く、神秘的なものにしてくれている。 そう思うと、目の前で泳ぐ金魚の一振りが、とても長い時間を旅してきた愛おしいものに見えてきませんか?
時を超えて届いた輝き
一隻の船から始まった公式な物語も、そのさらに昔にあったかもしれない出会いも。 そのすべてが、今の私たちの元へ届いている大切なバトンです。
私たちJun * Juaneも、その長い長い歴史の続きを生きるアーティストとして。 「黄金の魚」が持ち続けてきた気高くも優しい輝きを、作品を通して今の時代に伝えていけたらと思っています。
伝来の公式記録(1502年):江戸時代の飼育書『金魚養玩草』(1748年)に、「文亀二年、和泉国堺に渡来した」という記述があり、これが現在も定説とされています。
初期の呼称:1614年の『多識篇』などの文献に、「古加禰宇於(こがねうお)」という名前で紹介されています。
より古い時代の可能性:平安・鎌倉時代の日宋貿易においては、僧侶などが経典と共に観賞魚や草花を日本に持ち帰っていた可能性が、一部の歴史研究者や愛好家の間で指摘されています。





