東錦(アズマニシキ)— 関東の粋と、五彩の冠。響き合う個性が描く「新しい伝統」。
重厚な肉瘤(にくしゅう)を冠した頭部と、たなびく長いひれ。そこに宿るのは、赤、白、藍、墨が織りなす複雑な五彩の輝きです。東京で生まれ、その都会的で洗練された美しさから「東(あずま)の錦」と名付けられたこの金魚は、異なるルーツが手を取り合った、調和の象徴でもあります。Juane * です。こんにちは。
今日は、異なる「良さ」を重ね合わせることで生まれる、写真の金魚「東錦」の深みのある美学についてお話しします。
異なるルーツの「マリアージュ」
東錦は、堂々たる体躯の「オランダ獅子頭」と、鮮やかな三色の色彩を持つ「三色デメキン」が出会って誕生しました。 形という土台に、色を纏わせる。それぞれの品種が持っていた個性が打ち消し合うことなく、互いを高め合うことで、それまでにはなかった全く新しい「華」が咲いたのです。
それは、私たちが新しい知識や価値観に触れ、自分の中に新しい色を取り入れていくプロセスに似ています。過去を否定するのではなく、今の自分に新しい要素を重ねていく。その「マリアージュ(結婚)」の先にこそ、想像もしなかった豊かな自分が待っているのかもしれません。
時間が育む「成熟」という美しさ
東錦の象徴である頭部の肉瘤は、年月をかけてゆっくりと、その風格を増していきます。 生まれたばかりの若魚にはない、歳月を積み重ねたからこそ現れる、重厚な造形美。それは、私たちが経験を積み、内面を磨いていくことで醸し出される「大人の品格」のようです。
私たちは常に「今ここ」から自分を創り変えていけると思っています。東錦が時間を味方につけ、より立派な冠を育てていくように、私たちもまた、日々の積み重ねを自らの「輝き」に変えていくことができます。成熟することは、美しさの完成へ向かう、豊かな旅路なのかもしれません。
「混ざり合うこと」を肯定する勇気
赤一色、白一色の潔さも美しいけれど、東錦のような「混ざり合う美」には、独特の包容力があります。 どの色が欠けても、この「東の錦」という絵画は完成しません。不規則に散りばめられた墨色も、深みを与える藍色も、すべてがこの一匹の個性を形作る大切な要素です。
自分の内側にある、一見バラバラに見える経験や感情。それらすべてを「自分らしさ」として肯定し、一つの作品として統合していく。東錦の五彩の体表は、そんな「多様な自己」を受け入れる勇気を、私たちに静かに語りかけているようです。
水底に広がる、粋なタペストリー
東錦がゆったりとひれを翻す姿は、水の中に広がる上質なタペストリーのようです。 関東の地で磨かれた、その都会的で気品ある佇まい。私たちは、この「調和が生む美しさ」を、その繊細な色の重なりまで大切に言葉に紡いでいきたい。 異なるものが響き合い、新しい光を放つ。東錦という名の「進化の結晶」を、これからも敬意を持って見守り続けていきたいと思います。
品種の成立 : 昭和初期(1930年代)、横浜の金魚商・加藤吉五郎氏によって、オランダ獅子頭と三色(キャリコ)デメキンを交配して作出されました。当初は「キャリコオランダ」とも呼ばれましたが、東京(関東)での人気が高かったことから「東錦」と命名されました。
形態と色彩 : オランダ獅子頭特有の「頭部の肉瘤」と「長い各ひれ」を受け継ぎ、体色は三色デメキンの「モザイク透明鱗」による五彩(赤、白、藍、黒)を纏います。特に、鱗の下にある黒い色素が透けて見えることで生まれる「藍色(浅葱色)」の美しさが、東錦の良し悪しを決定づける重要な要素とされています。
関東東錦と鈴木系 : 東錦の中でも、特に色彩と体型のバランスを追求した「鈴木東錦(浜松の鈴木氏による系統)」など、現代ではさらに細分化された美の基準が存在します。これは、一つの品種が時代や飼育者の情熱によって、さらに多様な枝葉へと進化し続けている証です。





