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No.832026.01.31

【金魚がいた風景】第1回:長屋の軒先、分け合う涼

江戸の長屋は、隣り合う壁一枚を隔てて、人々がひしめき合うように暮らす場所でした。決して広くはないその住まいで、人々はいかにして季節を楽しみ、心のゆとりを見出していたのでしょうか。その答えのひとつが、軒先に置かれた小さな「木桶」の中にありました。

境界線に置かれた「共有される美」

当時の長屋の通りを歩けば、あちこちの家の前に、水が張られた桶やたらいを見つけることができました。そこには、ゆらゆらと尾を振る赤い金魚の姿があります。家の中に閉じ込めて自分ひとりだけで愛でるのではなく、道行く人からも見える「境界線」に置くこと。それが江戸の人々の粋な計らいでした。

夏の強い日差しが照りつける午後。桶にかけられた手作りの「すだれ」の隙間から、木漏れ日が水面に落ちます。通りがかりの誰かがふと足を止め、その涼やかな揺らめきを眺めては、「いい色だね」と声をかける。金魚は、見知らぬ人同士の会話を繋ぎ、街全体に「涼」を分かち合う、小さくて頼もしい親善大使のような存在でした。

掌(て)の中の豊かさを慈しむ

贅沢な道具はなくても、使い古した手桶に、道端で汲んできた水。そこにあるのは、限られた暮らしの中でも、目の前にある小さな命を慈しみ、日常を彩ろうとする、凛とした精神です。完璧な生活ではなくとも、隣人と、あるいは小さな生き物と、その瞬間ごとの喜びを分け合って生きていた……長屋の軒先の風景からは、そんな温かな質感が伝わってきます。

私たちJun * Juaneが、作品を通じて「一瞬の光」を届けたいと願うとき。その根底には、江戸の街角で誰かがふと足を止めたあの瞬間と同じ、ささやかで豊かな「祈り」が流れているのかもしれません。

【参考文献・資料】

喜多川守貞『守貞謾稿』(19世紀):江戸の長屋の構造や、軒先に置かれた生活道具、金魚売りの天秤棒に下げられた桶の様子が詳細に記されています。

鈴木克美『金魚と日本人』(講談社学術文庫、2019年):金魚が高級品から庶民の楽しみへと広がり、長屋の軒先という公共の空間にまで浸透していった過程を辿る文化史。

歌川広重『名所江戸百景』などの浮世絵:当時の江戸の街角や、人々の暮らしの中に自然に溶け込んでいる金魚鉢の姿を捉えた視覚資料。