【金魚がいた風景】第2回:商家の風格、客を迎える彩り
江戸の活気あふれる通りを歩くと、暖簾の向こう側に、ずっしりとした存在感を放つ器が置かれているのを目にすることがあります。それは長屋の木桶とは一線を画す、商家の誇りを感じさせる「金魚鉢」でした。
商いの場に添える「格」と「縁起」
商家にとって、金魚は単なる鑑賞魚以上の意味を持っていました。中国語の「金魚(チンユイ)」が「金余(金が余る)」と同じ発音であることから、古くから金運を呼ぶ縁起物として大切にされてきたのです。
店先の薄暗い土間に置かれた、青い絵付けの美しい伊万里の鉢や、どっしりとした信楽の壺。その中で優雅に尾を振る金魚は、商いの場の空気をぴんと整える「格」を醸し出していました。忙しく立ち働く丁稚(でっち)さんや番頭さんの足元で、その一角だけが静かに凪いでいる。金魚が作るその静寂こそが、訪れる客への最高のもてなしでもあったのです。
水底に映る「おもてなし」の心
夏の盛りの暑い盛り、商談に訪れた客がふと足元に目を落とす。そこには、水の透明感を引き立てる白い磁器の鉢と、涼やかに泳ぐ赤い影があります。言葉を交わす前に、まずはその「涼」を目で楽しんでもらう。その細やかな気遣いは、今の私たちが玄関に花を飾る感覚に近いものかもしれません。
格式ある器の中で泳ぐ金魚は、主(あるじ)の審美眼や、その家の誠実さを静かに物語る装置でもありました。華美すぎず、それでいて丁寧に行き届いた手入れ。器の底に沈められた白い小石のひとつひとつにまで、客人を想う心が宿っていたのです。
私たちJun * Juaneが、一枚の写真を通じて「静寂」や「品格」を届けたいと思うとき。そのインスピレーションの源は、江戸の商いの中に流れていた、こうした凛とした美意識にあるのだと感じます。
吉田信行『金魚春秋 文化誌』(日本動物薬品、2014年):金魚がいかに「縁起物」として重宝され、商家の文化に取り入れられていったかの記録。
安達喜之『金魚養玩草』(1748年):格式ある場での金魚の愛で方や、家の格に合わせた鉢の選び方についての記述。
鈴木克美『金魚と日本人』(講談社学術文庫、2019年):贈答品としての金魚や、富裕層の暮らしの中での金魚文化の発展について。





