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No.892026.01.31
【言葉の中に泳ぐ金魚】第2回:江戸のユーモアと「金魚の幽霊」
江戸っ子たちの「笑い」の中にも、金魚はたびたび登場します。そこには、ただ鉢の中で美しく泳ぐだけではない、どこか憎めない、人間味あふれる金魚の姿がありました。
落語が描いた「金魚の執念」
江戸の古い落語に、こんなお話があります。 ある男が、可愛がっていた金魚を不注意で死なせてしまい、川へ流してやります。ところが、その金魚がなんと「幽霊」になって男の枕元に現れるのです。
男が恐る恐る「なぜ化けて出たんだ?」と聞くと、金魚の幽霊はこう答えます。 「死んだことよりも、川に流された時、通りかかった大きな鯉(こい)に『おい、新入り』と突き飛ばされたのが悔しくて化けて出ました」
恐ろしいはずの幽霊が、実は魚同士の小さな意地の張り合いにこだわっている。この、なんとも「ちっぽけで人間くさい」やり取りが、江戸の人々の笑いを誘いました。彼らにとって金魚は、そんな些細な感情まで持っているような、等身大の隣人だったのです。
笑いの中に宿る、命への親愛
このお話のように、江戸の笑いの中にある金魚は、決して恐ろしい存在ではありません。どこか抜けていて、つい笑ってしまうような存在として描かれます。
格式高い「美」の象徴でありながら、一方で冗談のネタにされるほどの親しみやすさ。江戸の人々は、鉢の中の小さな命に対して、敬意と同じくらいの「おかしみ」を感じていたのでしょう。そんな、生き物に対する懐の深い愛情が、江戸のユーモアの中には流れています。
【参考文献・資料】
『江戸落語の世界』:古典落語における動物や魚を擬人化した噺の変遷と、庶民の死生観。
『守貞謾稿』喜多川守貞(19世紀):江戸時代の風俗とともに、当時の滑稽な出版物や庶民の娯楽に登場する金魚の描写。
『歌川国芳:金魚づくし』(図録資料):金魚を擬人化したシリーズ。落語の世界観とも共通する「金魚の人間らしさ」を伝える視覚資料。





