言葉で愛でる「朱」と「更紗」 〜江戸の色彩と見立ての心〜
金魚の美しさを語るとき、現代の私たちはつい「赤」や「白」という言葉で片付けてしまいがちです。けれど、江戸時代の人々は、鉢の中を泳ぐその一色一色に、もっと情緒あふれる名前を与えていました。彼らにとって金魚は、水の中に放たれた「動く反物」のような存在でもあったからです。
猩々、更紗、そして素赤
金魚の模様を表現する言葉には、当時の暮らしや信仰の息づかいが残っています。 例えば、頭から尾まで一点の曇りもなく赤いものは「猩々(しょうじょう)」と呼ばれました。これは伝説上の赤い顔をした瑞獣(ずいじゅう)に由来し、圧倒的な生命力を象徴する呼び名です。一方で、単に全身が赤いものは「素赤(すあか)」と呼ばれ、その素朴な力強さが愛されました。
また、赤と白が混ざり合う模様は「更紗(さらさ)」と呼ばれます。これはインドやペルシャから渡ってきた異国の染物になぞらえた言葉です。鉢の中に広がる複雑な赤と白のコントラストを、異国の布地の華やかさに見立てる。そんな江戸の人々の自由な想像力が、金魚の呼び名には込められています。
模様を「見立てる」という贅沢
江戸の人々が金魚の模様にこだわったのは、それが二度と同じものには出会えない「一期一会」の美しさだったからです。 「この更紗の入り方は、まるで富士の山に掛かる雲のようだ」 「この赤の差し方は、あの役者が舞台で着ていた衣装に似ている」 そんなふうに、金魚の模様を何か別の美しいものに見立てて愛でること。それは、限られた空間の中で無限の広がりを楽しむ、日本特有の遊び心でもありました。言葉によって色の価値を定義し、それを愛でる文化は、金魚をただの魚ではなく「動く芸術」へと押し上げていったのです。
大森義裕『金魚いろ×かたち謎解き図鑑』(化学同人、2022年):金魚の体色の仕組みと、歴史的な色の呼び名の由来を科学・文化の両面から解説した資料。
安達喜之『金魚養玩草』(1748年):江戸時代の愛好家たちがどのような基準で金魚の色を評価し、どのような言葉で表現していたかを記した飼育書。
『日本の伝統色』シリーズ(各資料):金魚の「猩々」や「素赤」といった呼び名と、和装や工芸品で使われる伝統的な色彩表現との関連。





