【金魚のまじない】第1回:赤い金魚は「火を消す」守り神
現代では想像もつかないことですが、江戸時代の町にとって、最も恐ろしい災厄は「火事」でした。一度火が出れば街中が焼き尽くされる恐怖の中で、人々は藁をも掴む思いで、ある「まじない」を信じました。それが、「金魚を飼う家は、火事にならない」という信仰です。
赤を持って赤を制するまじないの力
火を連想させる「赤色」の金魚が、なぜ火を防ぐとされたのでしょうか。そこには、日本に古くから伝わる陰陽五行の考え方や、まじないの知恵が隠されています。金魚は、常に水の中で生きる生き物であり、「水は火を制する」という自然の理から、その力をそばに置くことで火の気を鎮めようとしたのです。
さらに、当時の人々は「類は友を呼ぶ」の逆で、同じ性質のものをぶつけることで相手を封じ込める、いわば「毒をもって毒を制す」ような考え方を持っていました。真っ赤な「猩々」のような金魚が、火の粉を跳ね返すと信じられたのは、その強烈な赤色が火を圧倒すると考えられたからに他なりません。
長屋の軒先に置かれた祈りの風景
江戸の長屋の軒先に金魚鉢が並んでいたのは、単に鑑賞するためだけではありませんでした。木造家屋が密集する場所だからこそ、人々は金魚を飼うことで、この家を火事から守ってくださいという切実な願いを込めていたのです。金魚鉢は、当時の人々にとって、暮らしの中に安心感を与える、小さくとも頼もしい守護神のような存在でした。
現代の私たちが、赤い金魚の姿を見てどこかホッとするような感覚を覚えるのは、遠い先祖たちが金魚に託した「家を守る、命を守る」という安らぎの記憶が、今もどこかで繋がっているからかもしれません。鉢の中で揺らめく赤い色は、かつては闇夜に光る火の粉を退けるための、希望の灯火でもあったのです。
吉田信行『金魚春秋 文化誌』(日本動物薬品、2014年):金魚が「火災除け」としてどのように日本各地の風習に取り入れられたかの記録。
『日本民俗学大辞典』:庶民信仰における魚の役割や、火伏せのまじないに関する項目。
『守貞謾稿』喜多川守貞(19世紀):江戸の暮らしにおける、まじないや迷信の取り入れ方の記述。





