【金魚江戸噺】第十一夜:土佐錦(とさきん)の反り身
皆様、ようこそお越しくださいました。 私、遊魚亭 潤妙楽が語ります「金魚江戸噺」。今夜は第十一夜でございます。
お相手は、南国・土佐からやってきた絶世の美女、「土佐錦」。 「前がかり」に反り返ったあの不思議な尾ひれ。江戸の連中が、その色香(いろか)に当てられた一席をどうぞ。
それでは、はじまり、はじまり……。
第十一夜:『土佐錦の反り身』
えー、江戸っ子ってのは「新しいもの」に加えて「遠くのもの」にも目がなくて。 はるか南、土佐の国で大切に守られてきたという「土佐錦」という金魚。 こいつがまた、変わった形をしております。尾ひれの先が、あろうことか前の方へ、クイッと反り返ってやがる。 上から見れば、まるで池の中に大輪の蓮の花が咲いたようで、それは見事なもんでございます。
さて、ここにある長屋の遊び人、新次郎。 「江戸の女もいいが、たまには南国の色香ってやつを拝みてえ」なんて言って、無理な工面をして土佐錦を一匹手に入れました。
「いいかい土佐錦。おめえのその尾ひれ、まるで座敷の芸者衆が、舞の途中で着物の裾(すそ)をスッと蹴り上げたような、色っぽい『反り』じゃねえか。江戸の女にゃあ、このしなだれるような色香は出せねえよ」
新次郎、丸い鉢の中にこの金魚を入れ、酒を飲みながらうっとりと眺めております。 そこへ、野次馬の八五郎がやってきて、鉢の中を覗き込んで驚いた。
「おい、新さん!この金魚、病気じゃねえのかい。尾ひれがひっくり返って、なんだか泳ぎにくそうにしてるぜ。江戸の和金みたいに、もっとシャキッと泳がせられねえのか」
新次郎、鼻で笑って言い返しました。 「これだから無粋な奴は困る。この、一度前へ突き出してから後ろへ流れる『反り』を見てごらん。座敷を離れる芸者衆が、名残惜しそうに振り返る、あの『見返り』の姿そのものじゃねえか。真っ直ぐ泳げねえからこそ、いつまでもあっしの前で舞ってくれるんだ」
ところが、新次郎があんまり「色っぽい、色っぽい」とおだてるもんだから、土佐錦が調子に乗ったのか、尾ひれをさらに大きく翻(ひるがえ)して、勢いよく水を跳ね上げました。
「痛(い)てっ!おい、見返りどころか、思いっきり張り手を食らっちまったじゃねえか。新さん、こりゃお熱を上げすぎて、金魚にも嫌われちまったな」
八五郎が大笑いすると、新次郎がびしょ濡れになった顔を拭きながら、こう言いやがった。
「いいんだよ!こいつは『土佐(とさ)』っていうくらいで、江戸の男には『どさ(土佐)くさ』に紛れて、一発かましたかったのさ!」





