【金魚江戸噺】第三夜:和金(わきん)の意地
皆様、ようこそお越しくださいました。 私、遊魚亭 潤妙楽が、江戸の町に暮らす金魚と人々の可笑しな物語を語ってまいります。
第三夜は、金魚の原点ともいえる「和金」のお話。 派手な飾りはないけれど、誰よりも強く、真っ直ぐに泳ぐその姿。 江戸の職人気質と重なる、ちょっといいお話を一席。
それでは、はじまり、はじまり……。
第三夜:『和金の意地』
えー、世の中には「初心忘るべからず」なんて言葉がございますが、金魚の世界で初心といえば、この「和金」に尽きるのでございます。 フナから金魚に変わったばかりの、あの一文字の形。 出目金のように目は出ておりませんし、蘭鋳のように豪華なコブもございませんが、シュッと通った一本筋。これが実に潔(いさぎ)よい。
さて、ここにある大工の若造が、金魚売りの天秤棒を呼び止めました。
「おじさん、一番安くて、一番威勢のいいのを一匹くんな」
「あいよ、それならこの和金だ。こいつはね、他の金魚がバテるような暑い日でも、尻尾をピンと張って泳いでる。まさに職人肌の金魚だよ」
若造、その「職人肌」という言葉に惚れて、安物の和金を一匹、手桶に分けてもらって長屋へ持ち帰った。
「いいかい和金。おめえは地味だが、泳ぎの速さは誰にも負けねえ。あっしもいつか、おめえみたいに真っ直ぐで、揺るがねえ仕事ができる職人になるからな」
ところが、隣に住むお洒落好きの八五郎が、それを見て鼻で笑いやがった。
「なんだい、そんなフナみたいな金魚。今はヒラヒラした琉金や、珍しいオランダ獅子頭(ししがしら)を愛でるのが粋ってもんだぜ。そんな安物を大事にして、おめえも物好きだねえ」
若造、悔しいけれど言い返せない。 ある夜、ひどい嵐が江戸の町を襲いました。 長屋の軒先はガタガタと震え、八五郎が自慢していた豪華な鉢も、風にあおられてひっくり返りそう。
翌朝、嵐が去ってみると。 八五郎の豪華な金魚たちは、その美しすぎるヒレが仇(あだ)となって、水の流れに揉みくちゃにされ、隅の方でぐったりしている。
ところが、若造の和金はどうだ。 泥を被りながらも、変わらずシャキッと背筋を伸ばし、嵐の前と変わらぬ速事(はやごと)でスイスイと泳いでいるじゃありませんか。
八五郎、それを見て兜を脱いだ。
「……参ったな。見かけの華やかさにばかり気を取られていたが、本当に強えのは、その『飾りのねえ姿』だったんだな。おい、この金魚、なんていう種類だい?」
若造、泥を被った手桶を誇らしげに掲げて言いました。
「こいつは和金(ワキン)っていうんだ。嵐の中でも『和(わ)』を乱さねえのが自慢でね」
「へえ、感心な金魚だ。じゃあ、こいつが一番の出世頭(しゅっせがしら)かい?」
「いや、こいつは『一(いち)』から出直すつもりで、いつまでも『和金(一金:いちきん)』のままなんだよ!」
【潤妙楽のあとがき】
江戸の数え方では「一」を「わ」と呼びます。 派手に出世して姿を変えることよりも、基本の「一(わ)」を貫き、泥を被っても土根性で生きる。この和金の潔い姿こそが、江戸の職人が一生をかけて追い求めた「意地」の正体なのです。





