【金魚江戸噺】第五夜:黒出目金(くろでめきん)の夜遊び
皆様、ようこそお越しくださいました。 私、遊魚亭 潤妙楽が、江戸の町に暮らす金魚と人々の可笑しな物語を語ってまいります。
第五夜は、墨を流したような真っ黒な体が自慢の「黒出目金」のお話。 粋で真っ黒な金魚を、夜更けに眺めようとした男の、とんだ勘違いをどうぞ。
それでは、はじまり、はじまり……。
第五夜:『黒出目金の夜遊び』
えー、江戸っ子ってのは「黒」という色を好みます。 派手な色をあえて隠して、裏地に凝ったり、渋い墨色でまとめたり。これを「粋」なんて言いますが、金魚の世界でも、真っ黒な出目金ってのは、通(つう)の好むもんでございます。
さて、ここにある長屋の独り者、松公(まつこう)。 これがまた、形から入るのが大好きな男で、「これからは粋に生きるんだ」と言って、真っ黒な出目金を一匹、瀬戸物の鉢で飼い始めました。
「いいかい出目。おめえのその黒さは、江戸の夜の闇よりも深い。これこそが男の渋さってなもんだ」
松公、仕事帰りに一杯やって、ほろ酔い加減で長屋へ帰ってきました。 時刻はもう九ツ(深夜零時)。行灯(あんどん)の火を頼りに、自慢の黒出目金を眺めて、もう一杯やろうという寸法です。
「おーい出目、起きてるかい。おめえの粋な姿を……。あれ?いねえ。おい、どこへ行った!」
鉢の中を覗き込みますが、底まで真っ暗。真っ黒な金魚が、夜の闇と鉢の影に紛れて、どこにいるのかさっぱり分からない。
「大変だ!泥棒だ!あっしの粋な金魚を盗みやがった!」
松公、夜中に大騒ぎして、隣の隠居を叩き起こしました。 「ご隠居!泥棒ですよ!真っ黒な出目金だけが、跡形もなく消えちまったんだ」
隠居、眠い目をこすりながら松公の部屋へやってきて、鉢の横にある行灯をそっと近づけました。すると、光が当たった拍子に、水底でぎょろりと大きな目が二つ、光り輝いた。
「松さん、落ち着きなさい。金魚はここにいるよ。お前さんが明かりもつけずに探すから、影に隠れて見えなかっただけだ」
松公、それを見て、ばつが悪そうに頭をかきました。 「なんだ、いたのか……。あまりに黒いんで、てっきり夜逃げでもしたかと思ったよ」
隠居が呆れて、こう言いました。
「金魚が夜逃げしてどうするんだ。お前さん、さっき『夜の闇より深い黒だ』なんて褒めてただろう」
松公、悔し紛れに、
「へえ。あんまり『黒(苦労)』が絶えないんで、てっきり『夜(世)』を捨てたのかと思いました!」
【潤妙楽のあとがき】
黒出目金の魅力は、その吸い込まれるような漆黒にあります。 光の加減ひとつで見失ってしまうほど深い黒は、まさに江戸の「粋」を形にしたようなもの。 苦労(黒)も、光の当て方次第で、ぎょろりと面白い個性に変わるのかもしれませんな。





