【金魚江戸噺】第七夜:地金(じきん)の深窓(しんそう)
皆様、ようこそお越しくださいました。 私、遊魚亭 潤妙楽が、江戸の町に暮らす金魚と人々の可笑しな物語を語ってまいります。
第七夜は、尾張の国からやってきた、気位の高い「地金」のお話。 パッと開いた美しい尾ひれに魅せられた、ある隠居のこだわりをどうぞ。
それでは、はじまり、はじまり……。
第七夜:『地金の深窓』
えー、金魚の中にも「土地の誉れ」なんてのがございまして。 この「地金」という金魚、もとは尾張(愛知県)の殿様が、門外不出として大切に育てさせていたという、世にも稀な金魚でございます。 上から見れば、尾ひれが四枚、X(エックス)の字にパッと開いて、まるで孔雀が羽を広げたような美しさ。
さて、ここにある長屋の大家、隠居の徳兵衛さん。 若い頃に尾張へ旅した折、その美しさに魂を抜かれちまった。江戸に戻ってからも忘れられず、ようやくツテを頼って一匹の地金を譲り受けました。
「いいかい地金。お前さんは江戸の和金とは訳が違うんだ。その真っ白な体に、口元とヒレだけが紅い『六鱗(ろくりん)』という装い。まさに深窓(しんそう)の令嬢だ」
徳兵衛さん、この地金を誰にも触らせず、毎日うっとりと眺めております。 ところが、隣に住むお節介な婆さんが、鉢の中を覗いて余計なことを言いやがった。
「あら、大家さん。この金魚、なんだか尾ひれが引っかかったような形をしてますねえ。うちのフナみたいに、スイスイと泳げないんじゃないのかい?」
徳兵衛さん、カッとなって言い返しました。 「何を言うんだ!この尾ひれこそが、尾張の誇り。優雅に、しずしずと泳ぐのが本当の気品ってもんだ」
ところが、ある日。徳兵衛さんが大切にしていた地金が、水槽の隅で尾ひれを震わせて、なんだか落ち着かない様子。 「どうしたんだ、お嬢さん。江戸の食べ物が合わねえのか、それとも水が冷たすぎるのか……」
そこへ通りかかった職人の源さんが、鉢の中を見て、あっさりとこう言いました。
「大家さん、そいつは気品も何もねえ。ただ、自分の尾ひれが大きすぎて、舵(かじ)が効かなくなって困ってるだけですよ。ほら、あっちへ行こうとして、こっちへ戻ってきやがる」
徳兵衛さん、がっくり膝をついて。
「なんだ。尾張の誇り(地金)だと思ってたが、自分の『地(じ)』が重くて、金魚玉の中でも『路(じ)』に迷ってたのか!」
【潤妙楽のあとがき】
地金(じきん)の美しさは、厳しい選別と伝統に守られた「造形美」です。 その複雑な尾ひれゆえに、泳ぎはどこか不器用。ですが、その「ままならなさ」こそが、守ってやりたくなるような高貴な魅力なのです。 自由奔放な江戸の和金にはない、窮屈なまでの美学。それもまた、金魚という文化の深い味わいなのです。





