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No.1032026.01.31

【金魚江戸噺】第九夜:蝶尾(ちょうび)の羽ばたき

皆様、ようこそお越しくださいました。 私、遊魚亭 潤妙楽が、江戸の町に暮らす金魚と人々の可笑しな物語を語ってまいります。

第九夜は、水面に広がる大きな尾ひれが、まるで蝶が羽を休めているかのように見える「蝶尾」のお話。 美しいものに目がない江戸の遊び人の、ちょいと浮ついた一席をどうぞ。

それでは、はじまり、はじまり……。

第九夜:『蝶尾の羽ばたき』

えー、江戸の春から夏にかけて、野山に舞う蝶を愛でるのも一興でございますが。 水の中に、その蝶を飼い慣らそうっていう、風流を通り越して執念のような金魚がおります。 これが「蝶尾」。上から見れば、尾ひれが左右に大きく、まるで揚羽蝶(あげはちょう)が羽を広げたような見事な姿。

さて、ここにある長屋の若旦那。 これがまた、派手なことが大好きで、金魚売りの親父から「江戸一番の蝶尾だ」と吹聴されて、一匹の美しい黒蝶尾を買い求めました。

「いいかい、見てな。こいつの尾ひれは、ただの金魚のヒレじゃねえ。いつか本当に水から飛び出して、空を舞うんじゃねえかってくらいの勢いなんだ」

若旦那、自慢の蝶尾を一番いい鉢に入れて、毎日「飛べ、飛べ」と声をかけております。 そこへ、皮肉屋の源さんが通りかかって、鉢を覗き込みました。

「若旦那、また妙なことを。金魚が空を飛ぶわけがねえだろう」

「源さん、わかってねえな。この羽ばたきを見てごらん。こいつは、水の中の窮屈な暮らしに飽き飽きして、広い江戸の空を夢見てるんだよ」

若旦那、ついつい自慢が高じて、蝶尾に向かってこう言いやがった。 「おい、蝶尾!今日こそその羽を力いっぱい動かして、あっしを驚かせてみろ!」

すると、どうしたことか。金魚が尾ひれを激しく揺らし、水面をバチャバチャと叩き始めた。 「おっ!飛ぶか、飛ぶか!」 若旦那が身を乗り出したその時、勢い余った金魚が水を跳ね上げ、若旦那の顔に盛大に水がかかった。

若旦那、目を白黒させて立ち尽くします。 それを見て、源さんが大笑いしながらこう言いました。

「若旦那、残念だったな。空を飛ぶ練習じゃねえ。お前さんがうるさく言うから……」

「せっかく羽を休めてたのに、『水』を差されたって怒ってやがったのさ!」